宇都宮けんじは日本一の大バカ弁護士である。 

そもそも、弱者を助けてきたこと自体に呆れる。資本主義社会の中では同じ労力を使うのであれば、より裕福な者をターゲットにした方がお金は効率よく入ってくる。


何をもって弱者とするのか私にはよくわからない部分もあるが、サラ金問題に目を向けてみよう。これに引っかかってしまう人は日々の暮らしができないほど貧乏か、その甘い罠にかかってしまう頭の悪い人間かのどちらかだ。

同じ労力どころか10倍100倍頑張っても一円玉を集めるような仕事に情熱を燃やすということはバカの所業である。

更にホームレスの人々を助ける等というまったく集金のあてのないことに自分の能力を使ってしまうとは重ねてバカである。

おまけに真っ先に被曝しにでかけている。
まったく手の施しようがない。

バカが県知事であったり都知事であったりしたことがあるだろうか? 
勿論ない。皆さんがこのうつけ者に投票したくない気持ちもわからなくはない。それどころか大バカ弁護士を応援するなんてことは、それ以上のバカにしかできないことなのかもしれない。


なにせ、権力にたてついていこうというメンバーの仲間入りをしてしまうのだから、人によっては職場で長いものにまかれているふりをして、こっそり投票にいくなんてこともあるだろう。そうそう、こっそり投票は出来る安心しよう。

しかし、この局面にきて私たちはバカを必要としている。物事にはバカしかできないことがある。世の中を変えることはお利口さんには決してできない。良い大人には決してできないことである。彼らは頭がいいばっかりに既存の社会からはみ出すことがまったくできない。

今、大バカに希望を託すより仕方ない時代になってしまった。誰が好き好んでわざわざバカを担ぐか? 腹立たしいことではあるだろうが、それ以外の選択肢を私には見つけることができない。

皆さんはヴェロニカ・ゲリンという人物をご存じだろうか? 

アイルランドのダブリンで麻薬犯罪を追求し続けた女性ジャーナリストを。

彼女は市民と共に「売人出ていけ!」と抗議し、脅迫や暴行にも負けずに果敢に
マフィアに立ち向い、その正体を暴く記事を書き続けた。息子もいる母親であるにも関わらずだ。
しかし、母親だからこそ突っ込んでいったのかもしれない。
いずれにしてもとんだバカである。

1996年6月26日に、とうとうマフィアの凶弾に倒れてしまった。

しかし、彼女のこの命懸けの行いの果てに民衆は立ち上がりマフィアの大物たちは次々に逮捕された。情熱が人々に闘う勇気を与えた。


ダブリンに蔓延る麻薬が子供たちを危険にさらしたが、
今の日本、被曝はどうなんだ? 戦争に向かうことは危険ではないのか? せっかく学校を卒業させた我が子が過労死しても黙っているのか?

今こそバカの出番である。

山本太郎・三宅洋平・座間宮ガレイ、頼もしい未来を背負った次の世代、三バカトリオ青年部。

私財をすべてなげうって、カンパをカンパをと乞食になっても貫きたい信念がある岩上安身も大バカだ。
横川圭希に至ってはなんのこっちゃだ。次から次へとバカの行列だ。

役者は次々揃っている。


何よりのご馳走が底辺で苦しんでいる人を助けることである日本一の大バカ弁護士の出番がきた。

バカの強みはね。バカにつける薬がないということだ。
太郎さんよ。国会議員になったといってもバカのまんまでいないとだめよ。

ダブリンの民衆と私たちの違いは何か?
暴動を起こす必要もないし、大声で別候補を応援したって構わない。

ただ、こっそりと宇都宮けんじと名前を書くだけで弱者を助けることに、もしくは自分が弱者になってしまった時のための保険を掛けることができる。
リスクはない至ってシンプルで簡単な話だ。

最後にバカが勝つ!この法則は変わらない。

(文中敬称略)

追記
このところニール・ヤングのHeart of Goldという曲が頭の中でなっている。
金色に輝く優しくて寛大な心を命のある限り探し続けたい。かくありたい。

Neil Young & Willie Nelson - Heart of Gold (Live at Farm Aid 1995)
http://www.youtube.com/watch?v=R6YgU3VjaaQ

Tamao Yamamoto / この投稿の説得力:53%

コメントするにはfacebookログインしてください